メンフィスの【ラムセスⅡ世の巨像】、
サッカラの【階段ピラミッド】です。
はっきり申しあげて、午後からの観光コースは
あまり期待していないコース。
最初、この半日パスして「ファラオ村」へナオと2人で
行こうと思っていたくらい。
でも、どれも世界遺産だし、ファラオ村へのガイドを手配するにも
午前中何時に終わるかもわからないし、などなどで、
そのまま一緒に行動することにしたが、
今思えば「ファラオ村」に行けなくてホテルでのんびりしてても
よかったなぁ~って。
もちろん世界遺産だもん。歴史や建造物はすごいモンですよ。
でも、興味がねぇ~。。。あんまり。
というわけで、ちょっとダラダラ見てきました。
というわけでここらへんですごーく簡単にエジプトの歴史。
B.C.3100年:上下に分かれていたエジプトを統一。首都メンフィス
B.C.2650年:初めてのピラミッド 階段ピラミッド建設(ジェセル王)
B.C.2600年:赤のピラミッド・屈折ピラミッド建設(スネフェル王)
B.C.2550年:三大のピラミッド建設(クフ王、カフラー王、メンカフラー王)
B.C.1500年:王家の谷に墓を造営(トトメスⅠ世)
B.C.1475年:女性のファラオ(ハトシェプスト女王)
B.C.1460年:エジプト最大の領地(トトメスⅢ世)
B.C.1400年:絶頂期を迎える(アメンヘテプⅢ世)
B.C.1350年:世界初の一神信仰(アメン神)(アメンヘテプⅣ世→アクエンアテン(改名))
妻はネフェルティティ
B.C.1330年:ツタンカーメン即位 元の多神信仰に戻す
B.C.1280年:ラムセスⅡ世即位
B.C.332年:アレキサンダー大王のエジプト征服(グレコローマン時代始まり)
B.C.305年:アレキサンダー大王の将軍プトレマイオスが王に(プトレマイオス朝)
B.C.30年:クレオパトラⅦ世の自殺でエジプト王朝終わり(ローマ支配)
似たような名前が沢山あるけど、
今回のツアーでざーっと3000年分位見ていくので
せめて順番くらい頭に入ってないといけません。
長い歴史なので年表の間がかるく1000年くらいぶっとんでるところも
ありますが、まぁたいしたことがなかったというか、
見るべきものが残ってないかってことですね。
赤のピラミッド・屈折ピラミッドは、
初めてピラミッドを作ったジェセル王の息子スネフェル王が作ったピラミッド。
お父さんの階段ピラミッドから着実に進歩してる。
赤のピラミッドは世界初の真正ピラミッド(三角形のすくってしたやつ)。
でも、クフ王のより角度がちょっとゆるいようです。
屈折ピラミッドは途中でやっぱり変えたっていうのが定説で
吉村先生は先代ファラオから建設を引き継いだからってお考え。
世界初の真正ピラミッド | 屈折ピラミッド |
次のメンフィスは古代エジプトで初めて首都になった町で、
一番長く首都になっていた町。
でも今は本当に田舎の村になってました。
ここでラムちゃん(ラムセスⅡ世)と初対面です。
ラムちゃんは歴代のファラオの中でも一番すげー王様で、
24歳から66年も在位し、このご時世に90歳まで生きたという。
沢山の側室との間に子供は100人以上、
建築王と言われて、エジプト旅行でたずねる遺跡のほとんどは
彼と関連があるものばかりなので、彼を避けてはエジプト観光は成し得ません。
エジプトでは基本、多神信仰でそれぞれの神様の担当する土地があるんですよ。
んで、ここメンフィスはプタハっていう冥界の神様の担当地だったもんで、
プタハ神殿が建ってました。
そこに建っていたラムちゃんの巨像。もともとは立っていたんだろうけど、
足が壊れて倒れていました。メンフィスはナイルが分岐するあたりに位置するので
ナイルの氾濫に何度もあっている町でこのラムちゃんも水が押し寄せてくる方向ばっかり
侵食されて削られてました。
かなりの巨像なので、持ち上げられないから倒れていたところに
建物を建てて、保存しているそうです。
ここにはアラバスター(大理石)で作られたスフィンクスもあります。
ちょっと笑ってます。
入り口の前にはエジプトでは最初で最後に目にした、焼き鳥売りがいた。
焼き鳥といっても丸ごと一匹を焼き鳥にしてある。
誰が教えたのか「や~きいも~」って言ってる。
ちょっと食べてみたかった・・・
すっげーでかいのよラムちゃん | 大理石のスフィンクス キレイ |
棺に彫られた目のモチーフ お守りらしい | 左足が前なのは生きてる時に作った証拠 |
さて次は、ピラミッドを最初に作ったのはジェセル王。
もともとマスタバっていうレンガで造った四角い家のようなお墓がありました。
マスタバっていうのはベンチっていう意味で、形が似てたからそう言われたらしいです。
んで、ファラオになったってんで、威張ってみたいからそのマスタバを重ねちゃったら、
階段ピラミッドになっちゃったっていうところでしょうかね。
今でもエジプトのお墓はマスタバ同様、家のようになっていて、
お墓の中にいくつかお部屋があるのだとか。
でも、今エジプトでは十分な賃金や仕事を得る事ができない人が多く
家やアパートをもてない人は自分の家のお墓に住んでいる人が少なくないそうです。
実際に墓地を見ると、洗濯物が干してあったりして、住宅地のようです。
この階段ピラミッド実際はジェセル王の宰相イムホテプって言う人が
作ったらしいんだけど、この人は建築家としてはもちろん内科医としても
いけてた人らしく、のちのち神格化されて知恵、医術と魔法の神になったらしい。
ファラオじゃなくて民間人で神様になったのはこの人くらいしかいないらしいよ。
階段ピラミッドはお墓なので、葬祭殿や礼拝堂が一緒に作られていて、
階段ピラミッドコンプレックスとなっている。
ここの入り口のおじいちゃんは「ベン、ベン」という。
どうやらエジプトではPをBと発音するらしいので、こらは「ペン」を欲しがっていたら
しい。
エジプトではノック式のボールペンが値引きや交渉に役に立つというので
スーツケースの中には入れてきたが、まさか遺跡見るときにはいらないだろうってんで
持ってきてないよぉ~。
最初のピラミッド | 周りはなんにもないよ |
コンプレックスの入り口 | 大きい柱がいっぱい |
最後に寄ったのが「アクナートン・カーペット・スクール」。
かつて栄えたこのへんも今は農村。
働き手が必要だし、お金もかかるので、子供たちを学校へやらないそうです。
そこで、カーペットスクールを作って子供たちにカーペットの作り方を教えて、
手に職をつけて、そこでカーペットを作ることでお金を得ることができ、
そして文字や計算などをそこで教えることにしたんだそうです。
ここでは子供たちの作業の様子が見れて、カーペットの作成工程が分かります。
この子供たちが作るカーペットはとても縦糸の間隔がとても狭いため、
大人になると作れないものだそうです。この子供たちがすごくかわいいの。
目がくりっくりっ。
やっぱりシルクで作ったカーペットはとても美しくて、肌触りも抜群。
でもそれそうとうに高い。クイにはとても手の出せるものじゃないけど、
有閑ご夫婦のみなさまぁ~誰か1枚でも購入してあげてよぉ~!
と、願ったがだれも買われなかったようです・・・
一枚に数人の子供で作成 |
羊毛にシルクなどたくさんある | 何も買えなくてごめんね |
帰りのバスの中で、「クフ王ピラミッド入場証明書」なるものをいただく。
どうも人数制限ができてから付加価値をつけるためにJTBで発行しているようだ。
本物のパピルスで作られてるとのこと。
持って返ってもどうしていいか分からない第一号です。
アラビア語のクイの名前 |
さーて、夕食です。
今日はホテルではなくレストランでステーキです。
すると・・・ランチのレストランと同じ名前のレストランの前に。。。
姉妹店???
ガラス張りのレストランで、角っこの二人席をキープ。
みんなと一緒もいいけど、まだ慣れてないので、
2人の方が気を使わなくていいです。
んで、ふと見ると目の前にピラミッド!
そして景色が夕焼けから夜にかわりピラミッドもライトアップされてきれい。
でもココの食事は・・・ステーキって外がパリっで中がジューシーっていう
食べ物でしょ。ここで食べたのはすごく焼いて全部硬くなった肉片でした。
この旅行の食事は期待できないことは確実視されますねぇ~。
ここで、イヤホンガイドが使えなくなったかわりにJTBから飲み物一つプレゼン。
ステラビールのビンタイプいただきましたぁ~!でも、デカっ。
デザートはひたすら甘いオレンジが丸ごと。
動物園にいる気分です。でも、衛生上わざと丸ごと出している可能性も大。
またpeaceです | ここの街はピラミッドが身近です |
美味しくなかったんだ、これが |
ここはホテルのすぐ近くだったので、数十秒で到着。
昨日書けなかったので、友達にポストカードを書いて、フロントへ出しに行ったとき、
切手買いに入ったブックショップで「ヒエログリフ定規」発見。
早くもお目当ての品を一つゲットです。
エジプトの切手 1.5LEです | ヒエログリフ定規 |
気が付けば20:30。普通はココからナンヤカンヤと話に花が咲くのだが、
今日はすぐに就寝。
というのも、明日のモーニングコールはナント1:30ですっ。
一応明日カテゴリではあるけど・・・・2:30出発だもの。えぇぇぇぇー!
ありえない。。。。。
つづく・・・





0 件のコメント:
コメントを投稿